決してホモでも○○でもありません。
by t-Fiction


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ルールのルール

サッカーの試合中、ラグビーのようにボールを持って走ったら、ルール違反である。
また、かくれんぼで鬼になったとき、見つけずそのまま帰る、それもルール違反であるし、泥酔し、友人の家にあがりこんで、いきなり吐くのもルール違反だ。

ルール。法律とは少し違う。
日常において、このルールは高々と宣言されているものではなく、暗黙の了解として、おのおののボーダーライン、”これはマズイだろ”の基準となっている。
ただ、スポーツの場では、参加するものはそのルールに準ずる。当然であるが。そんな体育会系の連中には、普段の生活でもこのルールにうるさい人がいる。
例えば、友人数人と公園で野球をしたとき。そんな適当な、ノリでやろうとするおふざけにも、きっちりルールを定めだす。野球バカ(元・野球部)のKは特にヒドイ。

「おい!今のボールだろ!」

バッターボックス(地面に木で線を引いただけ)に立ったKは叫ぶ。真顔である。
ベースは落ちていたダンボール。バットもこれまた落ちていた木の棒で、ボールはグニャグニャのゴムボール。
これの一体どこにルールがあるのだろうか。即興の草野球、いや、草野球とも言いがたい遊びである。そこにKは硬式野球のルールを持ち出したのだ。アホである。

「今のは絶対ボールだって!変化球投げたろっ、反れたぞ、横に!スライダーか?!わかるぞ!」

Kは得意げである。しかし、誰もスライダーなど投げれるものはいない。ましてやゴムボールで変化球を投げるのはメジャーリーガーでも至難の技といえるだろう。

「わかった、わかった!いいよ、ボールな!」

これ以上の論争を望まない我々はKの要求をのんだ。
このあとも、Kはあーだこーだと文句をつけては野球(硬式)のルールをいちいち説明し、全員いい加減ウンザリであった。そして皆思った”ウゼーやつ!!”
僕らはKをそれ以来、スポーツ系の遊びには誘っていない。

遊びの場において、モノホンのルールを持ち出すやつは嫌われます。





                    ルール→ルックス
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by t-Fiction | 2006-01-31 16:15 | 迷走

ベイビー!逃げるんだ。

「逃げるが勝ち」なる言葉もあるぐらい、人は何かしらから逃げて生きる。
それは、現実にはおきて欲しくない出来事だったり、例えば、株の暴落。
ホリエモンのせいで何人の投資家たちが現実から逃げたいと思ったことだろうか。
多くの人たちはそれにもめげず、現実と向き合って、損をどうすべきか解決に乗り出している。

しかし、中にはその現実に耐えられず、逃げ出してしまう人たちもいる。これも現実だ。
いわゆる、「壊れた」状態。または、「気狂いピエロ」。悲劇の限界値をふり切ったとき、人は壊れる。そして、その状態で逃げるのである。違う世界へ、一時的に、もしくはエンドレスに。

逃げ出したい!と思うことはよくあることで、最近だと、惚れた女の子に「好きな人が出来た」と言われたときは少し飛んだ。ブレーカーが落ちたね。
実際はどこへも逃げられない、単純で明快な事実だが、理解していないと、クスリや酒にハマり、そのうち手が震える生活になってしまう。
自殺も逃げる一つの方法だが、それは「チャイナ・シンドローム」ぐらいありえない。解決策としてはセンスが無い。

苦労の多い世の中だ。アンニュイ。時には、息抜きをしましょう。合法的で健康的な現実逃避を。例えば、エンヤを聴きながら、ゴンチチを聴きながら、尾瀬の景色、またはアルプスの峰々、ヨーロッパの街並みとか想像して下さい。数年前、なにかと”癒し系”が流行ったっけな。そういえば、最近井川遥を見ないが。

過去を振り返って懐かしむのも手だが、下手すると逆に、ブルーになることもあるので注意が必要だ。過去に栄光がある場合はなおさらである。
僕の場合、逃げたいときは、本の世界に逃げ込むか、音楽にのめり込むか、酒に溺れるであるが、それは決まって 酒→音楽→本→現実 という打順だ。まず酒が左中間へのヒット、音楽は送りバントを決め、本がセンター返し、4番、現実で確実にをヒットを決め点を取る、つまり、現実に戻る(そんな言い方もおかしいですが)。こうして僕は逃げ出したい現実(悲劇)から逃れ、生還するのです。

ギャンブル狂の友人Nの4番(現実)は、たまに空振る。だから、久しぶりに会うと、半狂乱・鬱であることがある。
「もう三日寝てないよ~、酒飲んでも寝れねぇっ!!ゴンゴン!!(頭を壁に打ちつける音です)」
彼の打順は 酒→パチンコ→酒→現実 で、4番は空振ることが多く、代打として、競馬・酒・ケンカが起用される。そして、現実に戻れなかったNは鬱か(基本的に鬱)、暴走機関車トーマスなのである。
会うたびテンションの違う男、N。彼は今日もパチンコで負け、現実から逃げていることだろう。
ああ、今度会う約束してた・・・、逃げたい・・・。




                    逃げる→ルール
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by t-Fiction | 2006-01-30 19:00 | 迷走

ザリガニ先生

幼いころは誰にでも一度は必ずつけられた「あだ名」。
これは自分が好きなあだ名を選択できるわけではなく、時には言われの無いあだ名をつけられることもしばしばだ。
例えば、メガネをかけていないのに、クラスの誰かが「お前メガネザルっぽいな」というさり気ない一言でそいつのあだ名は決まったも同然である。
いつしかメガネザルを略して「メガネ、メガネ!」と呼ばれ、知らない人が聞くと不思議がる。「何でメガネしてないのにメガネなの?」と。

子どもは無邪気だけに恐ろしい。ハゲてる人を指差し「何で髪の毛無いのぉ?」とか平気で言う。そんな恐ろしさを秘め、無邪気さは一転、邪気に満ち溢れた悪魔へと変貌した連中が集まったのが、僕の高校だった。
バイオレンス。クレイジー。そんな言葉がよく似合うクラス。そんなクラスにやってくる教師達は悪魔達が教師の前で見せる無邪気さにコロリと騙され、元気の良いクラスだとか、やんちゃなやつらなどと評していた。
その教師の一人にHという教師がいた。H先生はすでに老齢で、いわゆるジイちゃん先生だった。
彼は熱心に生徒に勉強を教える先生だった。それが結果、「ザリガニ」のあだ名をつけられることになったのである。
H先生が老齢であることは前述の通りだが、加齢臭という高齢になるにつれ臭いの増す独特のフレグランスがある。彼の場合、その加齢臭が顕著にあらわれた口臭が「ザリガニ臭かった」のであるからして、「ザリガニ」の称号を得てしたのである。

誰からともなく「あいつ、ザリガニ臭ぇ!」と言い出し、適宜な意見に皆同調した。「ザリガニ野郎」の誕生の瞬間であった。
哀れザリガニ、熱心な指導が自らを貶める結果になったのである。
H先生には4年ほど前に卒業して以来会っていないが、4年経った今、あのザリガニ臭に加速度をつけて暴走しているのだろうか・・・。



                   ザリガニ→逃げる
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by t-Fiction | 2006-01-28 17:03 | 迷走

ロンリー、インフルエンザ

そろそろインフルエンザの季節である。僕の周りでも、ゴホンゴホン、クシュンクシュンしているやつがいる。
まあ、それはただの風邪かもしれないが、もしインフルエンザだとしたらやっかいである。
インフルエンザの薬といえばタミフルが有名である。
その薬が品薄だとか何とかと、何かと取りざたされている。何でもタミフルはインフルエンザの症状が出てから48時間以内に服用しないと、その効果が低くなるとか。しかも、インフルエンザA型・B型には効果があるものの、C型には効き目が無い。
それに決して特効薬ではないのだ。また、その副作用についても問題視されている。

副作用として、下痢や吐き気があるそうで、さらに幻覚や異常行動を起こす例もあるという。
アブナイキノコを食って飛んじゃってるような人たちには、この幻覚と異常行動というあたりに興味津々だろう。

僕は年に一回風邪ひくかひかないかぐらいなので、インフルエンザの心配も特にしていない。
ただ、インフルエンザにでもなって誰か女の子に看病されたい気もしなくも無いが、そんなことしてくれるような知り合いはいない。あ~、寒っ!寂しさで風邪ひくかも。





                インフルエンザ→ザリガニ
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by t-Fiction | 2006-01-27 00:48 | 迷走

夜は宇宙の時間が過ぎる

小学3年生の頃だっただろうか。僕が未確認飛行物体、通称UFOを目撃したのは。
この話友達とかにすると決まって「はいはい」と言われるが、正直者の従兄のT君も一緒に見ているので間違いない。

小3の夏、従兄弟の家へ泊まりに行ったときの事だった。夕食を済ませ、僕と妹達と従兄弟、みんなで花火をすることになった。外はもう真っ暗だ。大量に袋に入った花火をめいめいに持ち、振り回したり、葉っぱに近づけたりして遊んでいた。やがて、すっかり花火の入った袋は空になり、残ったのは花火の残骸と、残骸とも呼べるしょぼい線香花火だけだった。もったいないということで、線香花火も消化することになり、一人3,4本ずつ持って火をつけた。僕は従兄のT君と一緒に並んで10本まとめて線香花火をしていた。その時、ふと夜空の星を眺めていると、高速でジグザグに動くナゾの発光体を発見した。二人して驚いたが、そのときの会話はまるで老人のように呟くだけだった。

僕 「あれUFOかな?」
T君 「多分、UFOだろうね」

疲れていたのだろうか。なんともアパシーな会話である。箸が転ぶだけでも笑うような小3がUFOを見たときの会話としてふさわしいものではない。二、三日たってから、そのときの驚きがやってきて「すげーだろ!俺UFO見たんだぜ!」とか言っていたような気がする。

UFOも印象的だったが、その時の星空も同じぐらいに印象に残っている。ものすごい星の数で、空は星で埋め尽くされていた。そのときからか、今でも夜空は好きである。宇宙からやってくる星の光が見れる夜空は、いつも感動を与えてくれ、そして過去や現在、未来について考させられる。
東京の夜空では星は見れない。しかし、その代わりなのか、夜景はキレイである。
高層ビルから眺める都心の夜景や、東京タワーなどはとてもロマンチックである。僕のオススメの夜景スポットは、東京ではないが、横浜みなとみらいの観覧車からみる夜景だ。カップルで是非どうぞ!(一人だとロマンチックどころか悲しくなりますよ)





                  夜景(やけい)→インフルエンザ
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by t-Fiction | 2006-01-25 17:21 | 迷走

キュース

改良して、進化して好まれるモノと、たいして好まれないものがある。
例えば、ゴミ箱。ただゴミを放り投げるために、四角や筒の形をして必要に応じた大きさがあればそれで良いはずなのに、最近ではそれをオブジェとしての意義をも求めているようだ。
ゴミ箱をよりオシャレに、かつ機能的に、色鮮やかに、シャープにと、もはや、それを”ゴミ箱”と呼んで良いのだろうかという疑問さえある。だから、どこかインテリジェンスを感じるようなネーミングが合うのではなかろうか。例えば「ダスト・ボックス」。「ゴミ・バコ」みたいな。

ゴミという”いらないもの”を捨てるための箱、「ゴミ箱」は「ダスト・ボックス」という(勝手に名づけたのですが)オブジェとして進化した。
今回のテーマは「緑茶」である。「お茶と言えば、静岡」・・・だが、急須。お茶は急須を使って淹れる。
急須の歴史は知らないが、少なくとも僕が生まれたころからまったく進化していない。オシャレにもなっていなければ、利便性もあれ以上向上していないのである。もうちょっと使いやすくなるはずだし、もしかするとオブジェ的なモノにもなるかも知れない。が、急須はまったく不変である。でもそれはきっと日本人特有の「和」の心がそうさせるのだろう。それはそれで美しいと思う。しかも別に使いづらいということもないのである。
しかし、急須があれで”完成した”とは言わせない。人類が進化し続けるならば、その人類が使うモノもどんどん進化あるのみだ。要らなくなった利器は博物館へ。

多分、急須はまだどの家庭にもあるはずだ。まだ博物館行きのレトロなモノにはなっていない。お客さんが家に来たらお茶を入れるから需要がある。面倒くさいからと言って、市販のペットボトルのお茶とか出すと、それだけでもてなしの心がこもっていないように感じる。友達の場合はそれでも有りだろうが、やはり、l急須を使って淹れるお茶とペットボトルのお茶は”暖かさ”が違う。

コーヒーが好まれ、オシャレなコーヒーメーカーが売れて行くなか、急須にはぜひ奮闘してもらいたい。そのためにも、「急須改造大作戦」を展開し、和の心を残しつつも、斬新なアイディアで飾って置きたくなるような急須になって、返り咲いておいしい緑茶を淹れ続けて欲しい。新たなネーミングはそう、グローバルに「キュース」で。





              緑茶(りょくちゃ)→夜景(やけい)
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by t-Fiction | 2006-01-24 22:57 | 迷走

目薬は涙色

高校に入ったあたりから視力が落ち始めた。
今では、かなり悪くなって、大抵のものは見えない。道で友達とすれ違っても気づかないので、たびたび「メガネをかけろ」とお叱りを受ける。
一応、メガネもコンタクトレンズも持っているが、裸眼が好きで、いつもメガネもコンタクトもしない(メガネはどうも好きになれない)。
ぼやけた世界はなかなか面白いのだ。

しかし、デートの時はコンタクトをしていった。好きな子の顔がぼやけるのは嫌だからである。
コンタクトは長時間付けていると、眼が乾いて、ゴロゴロする欠点があった。
そこで、目薬の登場である。乾いた眼に一指し、あらスッキリという具合になるのである。
目薬は大変便利なのだが、小さいので無くしやすい。僕はすぐ無くした。
コンタクトを付けるたびに、部屋の中で目薬を探すのだが、急いでいて焦って見つからないことがほとんどで、近くの薬局で買うハメになることが常だった。
それが原因で約束の時間に遅れてしまうこともしばしばあった。

どっかいってしまった目薬が、あとでヒョコっと不意にでてくる。おかげで、今僕は目薬を6個持っている。買った目薬は10個ぐらいいくのではないだろうか。
まるで目薬コレクターみたいである。

今はもうその女の子とも別れてしまった。
だから、しばらく目薬を買うこともないだろう。
持っている目薬にはどれもデートの日の思い出があり、並べて見ていると懐かしさと哀しみがあふれてくる。





                目薬(めぐすり)→緑茶(りょくちゃ)
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by t-Fiction | 2006-01-22 15:19 | 迷走

Over the rain

部屋から眺めてるだけの雨と、街を歩いてるときの雨は違う。

それは”好き”と”嫌い”の違いである。
理屈じゃなくて、ただそれだけなのだ。

音楽をかけて(ボサ・ノヴァが良い)、静かに過ごす午後。コーヒーの匂い。深深と降る雨。
梅雨どき、鬱陶しがられる雨も、シュチュエーションしだいで、素敵にもなる。

街を歩くときの雨は嫌い。
髪が湿気でクシャクシャになるし、服が濡れるし、傘が邪魔だ。
外を歩きたくない条件が完璧にそろっているのが冬の雨である。プラス「寒さ」というフルメタルジャケット。

今日は雪が降っている。部屋で眺めて過ごそう。借りてきた本を読みながら。






                   雨(あめ)→目薬(めぐすり)
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by t-Fiction | 2006-01-21 12:26 | 迷走

マニアジャイロスコープ

僕は何かに熱中して、モノを集める―ということはない。
そもそも、モノに固執しないタイプで、その上飽きっぽいときている。
欲しいものが無いわけではないし、吝嗇家でもない。が、金は無い。

どうやらマニアの人というのは、集めているモノを手に入れるために、金を稼ぐようだ。
そこが、”趣味の範囲”と”マニア”と呼ばれる人の大きな違いだろう。
オタクとマニアはどう違うのだろうか。オタクもモノを集めると思う。
しかし、マニアとは違うのである。分からない。

これは少し考えてみると面白いかもしれない。”マニアとオタクの違いとは何ぞや”
でも、マニアにはどうも性的な感じがする(SMマニアとか、SMオタクとは言わない)。
対して、オタクは、”大きな子供”という感じである。
そして、引きこもるイメージがある。マスコミの影響かもしれないが、あながち間違いではない気がする。

どちらにせよ、異常に金がかかることは確かだ。
年中貧乏な僕には縁が無いようである。






                   マニア→雨(あめ)
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by t-Fiction | 2006-01-20 13:14 | 迷走

だるまさん恐怖症

つい先日、宗教の本を読んでいたら、だるま(達磨大師)のことが書いてあった。
それによると、達磨大師はインドの人で、仏教を広めるため各地をまわったそうだ。

驚いたのはだるまに手足がない理由である。
達磨大師は「面壁九年」という修行を行なった。つまり、九年間坐していたのである。それで、時が経つにつれ、動かさない手足は、やがて腐り落ちてしまったというのだ。

すごい話だが、どうも、後年つくられた逸話という気がしないでもない。
というのも、宗教関連の”すごい”人というのは後々逸話をくっつけて神性を高めようとする傾向があるからである。

小さいころ、「だるまさんが転んだ」をよくやったが、「実は、だるまさんの手足は腐り落ちたから無いんだよ」なんてグロテスク&ショッキングなこと、当時知ったらトラウマになるんじゃないだろうか。”だるまさん恐怖症”みたいな。だるまをみるとパニックに陥るのだ。

幸い、小さいころそんなことは知らずに遊んでいた。‘だるまさん恐怖症”にならなくてよかったよかった。




     
                    だるま→マニア
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by t-Fiction | 2006-01-19 12:51 | 迷走